2026年9月14日月曜日

さよなら香川さん

2011年の8月、初めて香川さんの部屋を訪ねたとき、「お、来たか」といった様子で片手を上げ、笑顔で迎えてくれた。

この年の3月に広島に来てから、たくさんの人たちにお世話になっていたけど、香川さんの「この感じ」がとてもありがたかった。

以来、一緒に絵を描いて過ごした。外部の人からは、よく指導者と勘違いされるけど、香川さんには指導なんか必要なく、ただ、見るべき人が見ることだけが必要だった。だから、公募展に応募した。その後はいくつもの作品展から声がかかるようになった。

電車や鉄道を見に行ったり、宮島や鞆の浦へ旅行した。エレキギターを買って、爆音で弾いた。ダイソーに行くと、これでもか、というくらい品物を籠に入れた。

最後に香川さんが描いたのを見たのは、「no art,no life」の撮影のときで、撮影前に、初めて「描けない」と意思表示をするくらい、しんどかったようだ。それでも、撮影が始まると、凄い勢いで描いた。設計図ではなく、窓から見える木を描いた。

それから、数年、ほぼ寝たきりの香川さんに挨拶だけ行く習慣になった。食事も全介助で、なんでも自分でやりたい香川さんにとっては、辛かったのではないか。

​9月11日16時41分永眠。

翌日、矢賀のお寺で通夜。保護者さんの意向で、作品を展示させていただいた。ありがたかった。

葬儀では、先代と思われるお坊さんもいて、その方の笑顔がとても優しかった。

葬儀の後、kirariでお絵描き会とアビエルトでインプロバー。みんなとも一緒に追悼できたんじゃないかな。



2026年8月20日木曜日

ドゥエンデのねぐら20260813

​kirariの戸をすべて開放して、外も内も無い、自然と人工の混じり合った中で。

電車や車の音、鳥や虫の声、錆びた脚立、バンセンのかたまり、吶々と喋り始める。

隙間に物音が立ち、さらにその隙間を縫うような身体の動き。

つれて陽も暮れていく。


派手さとは無縁の、沁みこんでいくような…


まだ終わっていないような…


いや、終わってない

2026年6月8日月曜日

 羽鳥智裕プロフィール


1978年 埼玉県生まれ

1997年 花屋になる。

2003年 姉の出産を機に東京・西日暮里に住むこととなる。

2003年 初めての絵画個展。

2003年 アート・ユニット『ジェリー・クリムゾン・ハーレム』結成。

2004年 初めていけばなライブを主催。

2011年 広島へ移住。

2012年 障がい者支援施設・太田川学園入職。

2016年 太田川学園ギャラリー ハナサクモリ開設。


〈個人の活動〉

2003年 絵画個展@ラバーズロックカフェ(新宿三丁目)

2004年 『春の毒 〜めくるめく夜のあとのためいき〜』ジェリー・クリムゾン・ハーレム@渋谷アイビスビル14階特設会場

2005年 『WHITE WHITE WHITE WHITTY』@青山・共存

2006年 『GOD GOLD GLAMO (U)ROUS』ジェリー・クリムゾン・ハーレム@青山・共存

2007〜2009年 谷中・田端での活動。「間間間(さんけんま)」でヴズーキ奏者・Yo-yaと月一ライブ開催。舞踏のAnna Barthと「貸しはらっぱ 音地」で不定期ライブ。写真家・池内功和と『PANANUFA』の花人間撮影など…

2010年 「TOKYO-BERLIN COMMUNICATION ART」@Freies Museum Berlin参加

2010年 いけばなパフォーマンス『マグマ』@HIGURE17-15cas

2011年 いけばな個展『カリスマ』@HIGURE17-15cas

2011年 花人間写真展『PANANUFA 〜poison spring〜』@MIKIKO SATO GALLERY

2012年〜 『ドゥエンデのねぐら』谷本仰,大槻オサム

2014年〜 『ちぎれた女』牧瀬茜,大槻オサム

2024年 『あわいのを』立石剛@ギャラリーG


2026年5月10日日曜日

能登

​能登から帰った

わとさくも行くというので、ぜひ、と連れて行った

車2台。男7人。1〜2時間走っては停まり、もぐもぐしたり、一服したり

夕暮れは羽咋市の海岸線。日が暮れて、風呂に到着。昔ながらの素敵な銭湯

ボランティアチームの拠点で夕飯をご馳走になりながら交流。

現地の状況は噂どおり、芳しくないみたい。

同行したカッシーの化けの皮が剥がれていく様を楽しみながら夜はふけていった。

2026年5月3日日曜日

5月

​ひとまずフェスが終わった。

IKIMASU.ROCK.JAPAN。

いつもの落ち着ける場所、道場kirariの家主、大策さんが主催する能登復興支援音楽チャリティフェス。

午後1時に開場後、終了は午後8時。時間的には長いようでも、濃密な時間が流れ、全くそう感じなかった。

出演者は錚々たる面々で、そのステージ手前で花を生け続けた。

終わって片付けて打ち上げ会場に行ったら緊張が解けたのか寝た。


さて、明日から、現地へ行く。

初めての場所。

それだけじゃない場所。

2026年3月25日水曜日

2026年3月

​広島に移住して15年が経った。

今年の3月は、14日にミュージカル「アミーゴ」の本番、15日に「NEW WORLD」のダンス&花パレード:さをり織りをまとって、というのがあって、さらに10日には、のなか悟空さんが久しぶりにアビエルトへ来るということで、たいへんな一週間があったのであった。

別に、悟空さんのステージには、呼ばれていないので、観客のひとりとして楽しませていただけば良かったのだけれど、悟空さんに次いつ会えるのかと思うと、自然と手が動き、気持ちも高まるのであった。

しばらく木を切っているエリアに、野薔薇のような棘のある蔓っぽい木があったので(これは「NEW WORLD」でも使いたいと思っていた)、たまたま発見した巨木の根と一緒に生けることにした。

悟空さんは、ダイナミックかつ、とても繊細なのだ。

当日、一部は上質な大人のジャズだった。二部でひっそりばれないように混じっていこうとしたが、最初からバレていたようだ。とにかく楽しい時間だった。


「NEW WORLD」では、前日の「アミーゴ」が大成功だったこともあり、上機嫌で臨んだ。最初から最後まで気分良くできた。

「アミーゴ」はミュージカルということもあり、また、出演者がとても多いということもあり、オーディションを受けた9月からずっと気の抜けない感じが続いた。たぶん最も苦手な分野だけど、太田川のみんながいればなんとかなるさと思いつつ。

やはり、彼らがいれば大成功だった。

それと、ちゃんとイレギュラーなことも受け入れてくれる優秀なスタッフの集まりで、すごいなーすごいなーと思いながらの半年間だった。

ありがとうございましたありがとうございました♪


そう、「NEW WORLD」は、広島大学の池田吏志先生と、漢陽大学のキム・スナ(ソンア)先生の交流から始まり、ソウル、渋谷に続く作品展で、そんな作品展の終わりを飾る催しとして行った。

相棒に竹内大策さんを選んだのは、日頃からkirariに入り浸っているからなのだが、もうひとつは、大策さんと組んでいるヤタケヒロムさんが興味深いからというのもあった。

実直な大策さんに対し、ヒロムさんはどこか"ひしゃげ"ている。ぼくはこんな人に惹かれやすい。音楽的には、ふたりの世界は未完成で、そんなところも、このイベントには良いと思った(谷本さんがブエノスアイレスでなければ、谷本さんのソロであったのだが)。

ここに、大槻さんと萌子さんがいれば、あとは問題なし。

ところで、スナ先生の論文で取り上げられていた詩と絵画があって、これを基に、もっと磨き上げたいと思っている。「はなのななんかしらない はなのねにみみをすます…」というような何か。


ここ数年、ずいぶん他者との共作のようなことに時間を費やした気がする。5月の終わりには、羽鳥ひとりの何かをしてみようと思っている。