2011年の8月、初めて香川さんの部屋を訪ねたとき、「お、来たか」といった様子で片手を上げ、笑顔で迎えてくれた。
この年の3月に広島に来てから、たくさんの人たちにお世話になっていたけど、香川さんの「この感じ」がとてもありがたかった。
以来、一緒に絵を描いて過ごした。外部の人からは、よく指導者と勘違いされるけど、香川さんには指導なんか必要なく、ただ、見るべき人が見ることだけが必要だった。だから、公募展に応募した。その後はいくつもの作品展から声がかかるようになった。
電車や鉄道を見に行ったり、宮島や鞆の浦へ旅行した。エレキギターを買って、爆音で弾いた。ダイソーに行くと、これでもか、というくらい品物を籠に入れた。
最後に香川さんが描いたのを見たのは、「no art,no life」の撮影のときで、撮影前に、初めて「描けない」と意思表示をするくらい、しんどかったようだ。それでも、撮影が始まると、凄い勢いで描いた。設計図ではなく、窓から見える木を描いた。
それから、数年、ほぼ寝たきりの香川さんに挨拶だけ行く習慣になった。食事も全介助で、なんでも自分でやりたい香川さんにとっては、辛かったのではないか。
9月11日16時41分永眠。
翌日、矢賀のお寺で通夜。保護者さんの意向で、作品を展示させていただいた。ありがたかった。
葬儀では、先代と思われるお坊さんもいて、その方の笑顔がとても優しかった。
葬儀の後、kirariでお絵描き会とアビエルトでインプロバー。みんなとも一緒に追悼できたんじゃないかな。